私が選んだ職場【くらcra】
2021年3月8日公開
長年追い続けた消防士への夢を断念せざるを得なくなった鳥倉さんは、手先の器用さが生かせる職業に就くことを新たな目標に据え、ものづくりに必要な技術を身に付けていきます。
父の言葉を思い出して新たに志した木工家としての生き方。
一級家具製作技能士/鳥倉真史さん(43歳)
旭川家具の木工家として技術を磨き2019年に函館へ移住。家具工房「くらcra」代表。
新たな目標に向かうため、30代でデザイン学校へ入学。
やりがいがあって人の役に立つ仕事に就きたいと考えていた鳥倉さんは、大学を中退して消防士になることを目指しました。思いの外狭き門でなかなか採用には至らず、アルバイトで生計を立てながら採用試験を受けること数年。しかし、念願かなわぬまま年齢制限の30歳を迎え、人生設計の立て直しを余儀なくされます。そんな時、子どものころに交わした父親との会話を思い出します。「手先が器用なところがお前の取り柄だなと、言われたことがあったんです。自分では意識したことはありませんでしたが、確かに図工の授業は楽しくて成績も良かったんですよね。そこで、ものづくりを仕事にしようと思ったんです」。
さっそく専門学校を調べてみると、北海道内にキャンパスがある芸術デザイン専門学校を発見。すぐに体験入学に申し込みます。「2年という時間と学費を費やす以上、中身の薄い学校では通う意味がありません。ところがこの学校は、入学してみると、休む間もないくらい大量に課題を出すんですよ。そこに先生の本気度が感じられましたね」。
ものづくりの仕事に就くためにはいろいろな技術を身に付けているほうが有利だと思い、学校ではクラフトデザインを専攻。木工、金属、シルバーアクセサリーの3つのコースを選択し、最終的には就職先が比較的多い木工に絞り込んでいきます。
晴れて就職するものの、向上心が勝って独立へ。
専門学校卒業後は、旭川市の家具工房に就職。無垢の木材を使って機械加工で箱物やデスクなどを作る業務を担当し、3年程経ったころには専門性の高い塗装と、大きな板から材を取り分ける木取りの作業以外の仕事はすべてマスターします。ところが、自分の技術が上がっていくうちに、少しずつ仕事に対する心の変化が生じてきたそうです。「入社したばかりの時は作ることが楽しいと感じていましたが、同じものを作り続けていると、もっと違うものを作りたいと思うようになってきたんです」。
決まったものを作る日々を繰り返すのではなく、設計や企画などもっと打ち合わせの段階から関わりたい。そんな思いが強くなったころ、専門学校時代の恩師から独立して一人で工房をやってみる気はないかと声を掛けられます。「函館近郊の道南スギを活用するために、力を貸してくれる木工家を探しているという話でした」。入社して既に7、8年の歳月が経ち、そのまま勤めていれば望んでいた業務も任されるようになるタイミングでの誘い。就職して2、3年で独立していく木工仲間を見て刺激を受け、いずれは自分でオリジナルの作品を作っていきたいという向上心もあり、函館への移住を決意しました。
伝統を引き継ぎながら、新たな家具作りにも挑戦。
函館に移り住んで最初に取り組んだのは、道南スギを使ったオリジナル家具のコンペに出品する作品づくりでした。「道南スギの関係者から応募を勧められたんです。旭川の工房で働いていた木工家ということしか知られておらず、私の技量については未知数。ある意味でテストだったのでしょう」。
ついに訪れた完全オリジナルの作品づくりの機会。結果は見事に最優秀賞を受賞し、これが名刺代わりとなって、函館市の重要文化財に指定されている建築物の修繕工事を受注するなど、幸先の良いスタートを切ります。「幸運なことに、ただ奇麗に直すだけの仕事ではなく、どの程度の修繕を施すべきか、こちらから提案することができたんです。ずっと関わりたいと思っていただけに、やりがいがあって楽しいですね」。
工房内には道南エリアではほとんど導入例のない機械類が並び、今春から本格的に家具づくりに取り組める環境が万全に整いました。ここを拠点にして、お客様が見たことのないものを作り出していきたいと、話す声にも力が入る鳥倉さん。「長い歴史を持つ函館の町には、独特な意匠をもった建物や家具が残っています。それをそのまま復刻するのではなく、デザインの要素を取り入れて新たなものを生み出していきたいですね」と、工房に持ち込まれた古い建具を磨きながら、楽しそうに抱負を語ります。
作業効率を上げるための道具はすべて手づくり
加工工程に合わせて機械をセットする
工房内の居住スペース
切った断面をチェック
木材が柔らかいので傷が付かないように丁寧に扱う
木材を接続するホゾ穴を作る
作業を早く終わらせるために、整理整頓は欠かせません。
注文の品を奇麗に早く作るということはとても大事なことです。そこで重要になるのが整理整頓の徹底。材料をあるべき場所に置くことで、一目で在庫を把握できますし、逆にあちこちにものが置いてあると引っ掛かったり、スムーズに動けなかったりして効率が下がり、時にはけがにもつながります。仕事場が奇麗だと創作意欲もやる気も出ますよ。
くらcra
北洋漁業が盛んなころに魚介類の加工場として使われていた倉庫を工房として再利用。2階の一部はショールームも兼ねており、デザインコンペで最優秀賞を受賞した椅子や、テーブルなどの家具が並ぶ。
北海道函館市入舟町1‐12
TEL.090‐2690‐5809